2019.9/9(月) AM3:50頃、勢力を維持したまま関東地方に接近、後に上陸した台風15号により、停電が発生しました。その停電は長期間続き、電気のみならず水道も断水、インターネットも繋がりにくく電話もできない状況が続き、さらに蒸し暑さや大気の不安定な状態によって発生した雷雨などで命を落とす危険に晒され、私個人としては人生史上最低最悪な出来事になりました。

当HPはYouTubeチャンネルの関連サイトとして知名度を上げることなどが目的なので、本来この記事の掲載すること自体は無関係で対象外ですが、今回の台風で私自身が被災したこと、またその影響により命を落としかねない状況になったこと、被害の規模が大きい割に報道が少ないことなどから、将来みなさんが同じような経験をしないよう、例外的に掲載することにしました。

 

 

​深刻な状況下のなかで何も対策をせず過ごしていたとしていれば、今の私は熱中症で故人になっていたかもしれません。それだけに今回の災害においては非常に甚大であったといっても過言ではありません。

これから写真を添えて当時の​状況を記載しますが、閲覧したことによって気分が優れない場合は閲覧を控えてください。自己責任でお願いいたします。私が経験したことを詳細に記載しているので、電力会社など特定の企業を批判する記事ではないことを理解願います。また命に関わることであったので、ジョークは一切存在しません。最後まで閲覧してくださると幸いです。

なお、私が経験した全ての出来事を丸々掲載していますが、以降追加で一部内容を掲載する場合があります。既存の内容の削除はせず、このまま全文保存しておきたいと思います。

​※このページの全ての内容物の転載を固く禁じます。

 

▲記録的な暴風により吹き飛んだ自宅の屋根瓦(一部)

 

 

帰省と前夜

 

2019.9/4(水)、今年の夏は北海道の自宅で過ごすつもりでいたが、両親の要望で5月の帰省以来3ヵ月ぶりに千葉の実家に戻り、そちらで1週間ゆっくり過ごすこととなった。この頃、台風13号が沖縄の宮古島で猛威を振るい、強烈な暴風で車は横転、停電は数日間続くなど、あたかも去年の台風21号のような深刻な光景をテレビで観る。しかし、帰省初日はこの13号のみしか発生しておらず、帰りの便は影響皆無で大丈夫そうだと安堵した矢先、翌日には悪夢の始まりともいえる台風15号が発生した。進路上では日曜か月曜に関東を直撃。ただ帰る当日までには三陸沖を通過する予報だったので、”どうせ雨風が強まるだけだろう。都会の街路樹が倒れる程度だから問題ない”と思い込み、今回の台風は気にすることなく以降も普段通り過ごした。

 

9/8(日)、最新の予報では日曜日深夜から月曜日の午前中までが台風の影響を大きく受けるとのこと。しかしその割には穏やかな天候で、まさに嵐の前の静けさでした。というのも、今回の台風は小さめでコンパクトであったから、やっぱり大丈夫だろう。そう思いつつ買い物を済ませ、この日も普段通りに1日を終えた。

 

▲落下せず橋渡状態となった自宅の屋根瓦(一部)

 

 

​停電発生、暴風の猛威

 

一方、鉄道は徐々に計画運休が目立ちはじめ、風も強くなり始めるなど状況は一変。日付が変わって3時頃、風の音で目を覚ました私は窓越しに外の様子を確認すると、荒れに荒れ狂う暴風が猛威を振るっていて、今までにない恐怖を感じた。これまで私が遭遇した台風はこんなに荒れてなかった、宮古島や台風21号のは他人事なんて言えない。眠れず恐怖を覚えた私は台風情報を確認すべく、テレビをつける。

しかし、数分ごとに停電が発生。1分ほどですぐ解消したが数分後にまた停電が発生、これが4回も続いた。そして3:50頃、悪夢が襲ってきたかのように長期間の停電がはじまった。5回目は数分経っても電気は解消せず、クーラーは当然ながら動かず部屋は蒸し暑くなる一方。とりあえずできることとして、懐中電灯を照らし、予め充電しておいたスマホを手にヤフーやツイッターなどで台風の情報を確認。去年は台風21号が過ぎ去った矢先に発生した雷雨で、北海道胆振東部地震ではスマホが電池切れで危機感覚え大変な経験をしたので、今回はたいして問題ないだろうと思い停電中のなか台風が過ぎ去るのを待つ。

その時、瞬間的に強く吹いた暴風が襲い、ガラガラと落ちる音がした。あまり耳しない音で確認してみると、そこには隣家との間に屋根瓦が橋渡状態に散らばっていた。風の方角から屋根瓦は実家のものと確信。上記の2枚目の写真でおわかりいただけたことと思うが、まさに被災した瞬間であり非常に驚愕した。もし直撃していたら出血では済まされない。当たり具合によっては失明していたかもしれないし、最悪の場合死んでいた。

この頃台風は千葉市に上陸、最大瞬間風速50m超という記録的な暴風が観測されたほか、避難勧告が私の住む地域に発令。直ちに避難せねばと避難の準備は済ませたものの倒木で道路が塞がれ向かうことは困難。それどころか、外に出ることが危険なため自宅に待機する以外安全な場所に避難する術はなし。​また上乗せするかのようにトイレの水が流れなくなり、断水だとわかった。予想外だ、生活が壊滅した。経験したことのない暴風と闘いながら、夜が明けるのを待った。

 

▲停電した信号機。よく見ると赤の灯火が破損している。

非常用電源で稼働中の信号機。こちらも赤の灯火のつばが破損している。▲

 

 

​深刻な被害

 

夜が明け徐々に明るくなると同時に、猛威を振るった暴風も収まりをみせたが、停電は解消することなく電気は点かないまま。深夜早朝は繋がっていたモバイルの方も繋がりにくくなり、この時点で情報を得ることが難しくなった。まだ9月前半で、wi-fiを使用していたから制限かかるはずがない。通信障害だ。明るくなったと同時に見えてきたのは前述の倒木以外に、壊滅したビニールハウス。さらに台風が運んできた暖かく湿った空気が気温を上昇させ、9月としては異例の暑さが私を襲う。場所によっては35℃以上を観測した地点も。当然、電気が復旧しなければクーラーはもちろん、扇風機も使用できず、家中で汗を流しながら復旧を待つことしかできない。

​停電からおよそ8時間、情報を得ようと早朝から使用していたスマホの電池が底を尽きそう。対策はしたのに早くもダメになった。復旧の気配がなく暑さがピークに達しこれでは熱中症になる可能性が高く危険なため、日中時間帯だけでも涼む場所を探してそこで休憩をしようと両親とともに営業しているスーパーなどに向かうことにした。スーパーなら水や食料を確保できるため、品薄状態であることも覚悟の上で目的の場所に向かう。幸い、道路を塞いでいた倒木は脇に移動されてあったため、通行できるようになっていた。

 

▲電線に引っ掛かった倒木、写真には写っていないが手前側の電柱は倒木で部分的な破損を起こしていた。

恐らく暴風で飛ばされたであろう小屋。片側通行を余儀なくされた。▲

移動中に私が目にしたものは、停電による影響だけではなかった。どうやら被害は私の住む周辺だけではなかったようだ。というのも、家のアンテナが折れる/傾いてしまったり、シャッターや壁がなくなる、信号機が風で本来の位置から大きく曲がったり、さらには上記写真のように倒木がいくつかあったり小屋が道路を塞ぐなど、他所の至る所で台風による被害を受けていたからだ。私自身が写真を収めたところ以外にも、少なくとも20カ所はあった。実際は自治体全体だけでももっとあろうかと思う。台風21号では大阪を中心に深刻な被害だったが、まさに当時の大阪のような出来事が千葉でも起こってしまったといっても過言ではなく、戦慄した。夢ではない。

移動中、カーナビのテレビは問題なく視聴できたため、目的地に着くまで番組を視聴。ただ目にしたものは台風関連の報道ではなく、全く無関係の話題ばかり。やっと台風関連が報道された…!と思いきや停電報道は全くなし。何故だろうか。後に停電に関する報道があったがたった数分間の簡易な情報のみ。マスコミに憤りと怒りを覚えた。

そんな中とあるスーパーに到着。運よく営業しており、駐車場もさほど混雑せず。どうやら周辺は停電しておらず、店内もあまり混雑していなかった。とりあえずまずは電池がなくなりつつあったスマホなどを充電。ネットもここは影響皆無なのか繋がりやすく、ここで初めて君津や南房総などがより深刻であったことを初めて知る。前者は送電線の倒壊、後者は荒れに荒れた鋸南町や南房総市、館山市などの被害状況。台風による送電線の倒壊は2002年10月に茨城県潮来市で数基の送電線が倒壊して以来。自然の力は恐ろしい。

やはり店内は涼しいし、熱中症のリスクは一旦なくなったので一安心。食品売り場にて停電の長期化に備えて必要な食料を購入、スーパーを後にした。

ちなみに、スマホなどの充電目的で来店したのはもちろん私だけではなかったので、限りあるスペースのなか充電をめぐって口論、トラブルが起きる、なんてこともあった。

 

▲断線し垂れ下がった電線。

暴風に耐え切れず裂けてしまった木。▲

 

 

​生活に大きな支障

 

自宅に戻っても停電は解消せず、厳しい残暑も続いたまま。セミが鳴くなか防災サイレンから、役場にて給水を開始したという放送が。同時に本日中の電気水道復旧は難しいことから蒸し暑い一夜を覚悟の上で、またスーパーで購入した飲料水だけでは足りないと感じたことから、役場にて10ℓ分x2を受け取る。役場周辺でも倒木や断線、畑でもビニールハウスが壊滅的だ。どれほど深刻であったか、みなさんもご想像できることと思う。

受け取り後は某市の別のスーパーにも飲料水を買い求めようとしたが、その某市はより深刻で、ガソリンスタンドを含めどの店舗も閉店。広範囲で被害があった模様。大型店舗でも休業していたのはあまりにも気の毒だ。

自宅のガスは問題なく使えるものの、再度、充電を行ったスーパーにて外食を済ませ、2時間近く涼んで休憩した後に自宅へと戻った。

22:30、早朝に起床したので眠気はあったものの尋常ではない蒸し暑さで眠れず、睡眠時間はわずか2時間ほど。ネットが僅かに繋り得られた停電情報を確認しても復旧の目途はなし。熱中症には至らなかったものの生きた心地が全くせず、いつ命を落としてもおかしくない状況。翌日早朝になりようやく眠りにつき、ある程度は睡眠時間をとることができた。

10日(火)午前、僅かに繋がったネットの情報によると今日も残暑が厳しいとのこと。東京電力の発表では、一部地域を除いて全戸復旧予定との表明があった一方、この時点で私が経験した停電期間は2011年の震災に伴う計画停電や、2018年の北海道胆振東部地震によるブラックアウトを軽く越し、最も長くなった。丸1日だ。もしかしたら今こそ熱中症になるかもしれない。私も両親も危機感を覚え、この日は台風の影響がなかった父の実家に向かい、風呂をお借りし充電をさせてもらった。シャワーを浴び、汗を流してさっぱり。今日の日中もとりあえず安心…。一方停電がいつ解消するのか、不安は残るまま。

 

▲暴風で傾いた電柱。

倒れた看板と折れ曲がった電柱。▲

夕方、実家に戻るも電気水道共に復旧しておらず、厳しい蒸し暑さも収まらぬまま。夜になっても状況は変わらず。この日は母が唯一利用可能だったガスコンロで炊いたご飯や牛肉の手料理をいただき、満腹状態に。ガスだけ使用出来たのは幸い、もしガスも使用不可であったとならば…。

余計なことを考えず2階に上がり、暇つぶしに任天堂switchでレトロゲームで遊ぼうとした時の事だった。外の様子を見たところ、空を稲妻が走った。雷だ。この頃、埼玉県や栃木県でゲリラ雷雨が発生したらしく、落雷も激しかったとのこと。まだ復旧さえしていないのに最も最悪な状況。昨日より蒸し暑さが厳しく、うちわで扇がなければ確実に熱中症となるなかで雷雨が近づいてくると窓を閉めなくてはならず、外に出ることも停電の中移動もしづらく落雷の危険性もあり困難。落雷が家を直撃すると火災のリスクもあり、このままだと私は命を落としてしまうので非常に不安になった。運悪く、栃木県の雷雨は千葉方面に南下し事態はさらに悪化。このままだと本当に死んでしまう。命を守る行動を直ちにとらねば。すると母が部屋を訪れ、今夜は車中で過ごそうと。

そうか、車があったんだ。車中なら冷房完備だし、テレビも観れる。雷雨が急襲するまで急いで必要なものをショルダーバッグに入れ、車中に避難することに。命を落とす危険性は免れ、寝床は少し悪いものの快適には過ごせる。ブルーシートをかけていない壊れた屋根からの雨漏りが唯一の心配。ただ命の危険性があるなか雷雨が迫り一層危険な状態だったことに変わりはない。私はネットの繋がりにくい状況のなか、ツイッターにこう呟いた。

「雷雨まで発生して人生史上最低最悪だろ…

 

深夜になっても闇を照らす不気味な稲光。幸い家中に新たな被害はなかったものの、この雷雨が電気の復旧を大幅に遅らせてしまう材料となり、結局朝になっても復旧せず。東京電力の社員さんが一生懸命復旧に向けて頑張っているなか、果たして復旧はいつごろになるだろうか。

 

 

▲当時のツイート。

 

▲断線し垂れ下がった電線。その2

 

 

​北の大地へ その後の復旧状況

 

9/13(火)、前述の最後に述べたが電気水道はこの日も復旧しないまま、自宅のある北海道に帰る時が来てしまった。私は前日に復旧するまで安心して帰れないと両親に言い、もう2、3日延ばしてできる限りのサポートをしてあげようとしたが、両親の意向で予定通り帰ることに。大丈夫だろうか。空港へ向かう道も倒木や断線が目立ち、信号の点かない近くの交差点では衝突事故が起きていた。

今回の帰省は全く意味のない帰省だった。なんてことは一切思わず、むしろ命が助かって本当に良かった、それを思ってばかりだった。車は通行止めが解除されたばかりの高速道路を走行、無事に空港に到着した。

出発時刻は10時発…と思いきや実際は12時発。事前に確認しなかった私に責任があるがネット障害で繋がらなかった影響も大きい。それどころか命の問題で確認する暇もなかった、そう思った。

成田国際空港も施設の影響はなかったものの、高速道路は通行止め、鉄道もJRが終日運転見合わせ、京成も運転再開が夜になるなど、混乱が続き陸の孤島と化し、次第に解消していったもののターミナル内には寝具がまだ残っていた。

チケットを受け取りゲートで空港に送ってくれた母ともお別れ。定刻通り搭乗機は出発し、1時間半のフライトを経て雨の中新千歳空港に到着。1週間あった帰省に幕を閉じた。

 

▲空港内に未だに残っていた寝具▲

その後母からの連絡で電気水道が復旧したとのこと。私はホッとし、ひとまず「良かった!」というメッセージを送る。しかしその後再び停電と断水が発生したらしく、恐らく落雷によって引き起こされたものであろう。不安がまたしても襲う。2日連続でゲリラ雷雨が発生するのは非常にキツい。雷雨は夕方と夜の2回にわたり千葉を襲撃し、特に後者は落雷が非常に多かったようで数秒に1回はあった模様。

せっかく復旧し安堵したところでまた起きてしまった停電と断水。屋根にブルーシートもかけられず雨漏りの懸念があるところで降ってしまった嫌なゲリラ雷雨。自然によるものといえど私は雷雨に強い怒りと憤り、そして殺意を覚え、持っていた自分のスマホを投げたくなった。壊れて再び連絡手段を失ってでも。どうして被害の大きかった千葉だけ落雷や豪雨でこんな目に遭わなくちゃいけないのか、今でも思い出すと強い憤りを感じる。

その後再び母から再び連絡が届き、解消したとのこと。落雷に恐怖を覚えたというメッセージが添えられていたことから、やはり相次いで千葉を襲ったゲリラ雷雨も、それによる被害はほとんどなくとも深刻な二次災害のひとつではないだろうか。

 

この記事を公開した13日時点で、停電の未復旧世帯は約190.000軒。徐々に停電は解消しているものの、2018年の台風21号による被害と同様に今回も被害は大きく、東京電力も被害が予想以上に大きいことから全戸復旧に2週間を要すると発表。やはり今回の台風は尋常ではない。

体調は若干崩れたものの、家族含め無事であったことは不幸中の幸い。しかし、自宅の屋根瓦が吹き飛ばされてしまったためにこれで安心とは言えず、雨が降ったらどうするのか、私の唯一の不安だ。北海道に戻ってきた以上、私は見守ることしかできないが、できることならメッセージを送って家族を励ましたい。年末にも帰省を予定しているため、その時に家や家族の様子をうかがいたいと私は思う。

 

​今回の災害について

 

前述に何度も記載しましたが、今回の台風はコンパクトながら955hpaという強い勢力(上陸時は960hpa)で接近、深い爪痕を残し極めて甚大だと感じました。近年国内各地で災害が目立ちますが、私自身災害で被災したのは今回が初めてであり、停電の長期化や断水、そして屋根の損壊は全く予想していなかったために限られた過酷な生活を余儀なくされました。三度も襲った雷雨で影響大。一言で申し上げるなら命を落とし人生に終止符を打つところでした。君津では送電線が2基倒壊、その南の地域では台風による被害がより深刻で、いかに台風が猛威を振るったか、今でも恐怖を感じます。

また台風21号による被害と酷似していたことから、2018年台風21号で被害を受けた方々達の苦しみや辛さを深く知るきっかけにもなりました。同年に発生した地震によるブラックアウトを受けて、ある程度の対策はしてきましたがすぐ底を尽き、それだけに深刻という意味を表しています。

また本文ではあまり触れませんでしたが、首都圏である千葉県がこれほど深刻な被害を与えた割に報道が少ないように感じました。停電中は限られた情報しか得ることができなかったとはいえ報道されたと思いきや駅の長蛇の列や、トップは違う話題。違和感を覚えました。この記事を作成した当日には伊豆大島でも甚大な被害を受けたことを初めて知り、やはりニュースの順序が違うと残念に思いました。

 

繰り返し述べますが、命を落としかけない甚大な災害だと今回被災した自分自身、感じました。

 

​最後に

災害大国とも言われている日本ですが、今回のような対策の在り方を考えると日本はまだ災害に強い国とは言い難いのではないかと思います。当時の状況がはっきりしていなかったとはいえ、被害が甚大だった被災地千葉に関する報道の少なさ、トップの初期対応が遅れたことにより長期間生活に大きな支障を生じてしまったことは、今後における日本の大きな課題であろうかと考えています。災害対策における大きな問題点です。

 

地球温暖化の進む今、これからも日本のどこかで災害が起こる可能性はあります。遠い地域で災害が起ころうと、他人事ではありません。もしかすると次はこれを読んだ読者の住む地域で起こるかもしれませんし、その災害が今回のようなものなのかもしれません。二次災害もあり得ます。実際、熊本地震でもその後の記録的な豪雨で数名が命を落としています。

今回の台風で避難勧告が発令されたものの外の状況が危険なため避難できませんでしたが、

●避難勧告が発令された時点で安全な場所に避難してください!

●その前に恐怖を感じたらその時点で避難してください!

●もし今回のように避難が困難な場合は2階以上に避難して命を守る行動をとってください!

●停電中はブレーカーを落としてください!火災防止につながります!

今回の災害で防災意識がいかに大事かよくわかりました。上記のような行動をすることだけで減災につながります!いつどこで災害が起きるかわかりませんが、読者一人一人が防災意識を高めてくれることを願ってます!

今回の災害で私自身が命を落としかねない状況に陥った際は、大変お騒がせしました。停電と断水、ネット障害が実に60時間以上にわたり使用できず、深刻な状況でしたが無事に生き抜くことができました。

課題はありますが、これからもしっかり生きていきたいと思います。

2019.9/13     JuntaMargalot

​最終更新 9/22

Opening 2017.12/19

Update 2019.11/12

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